いつか主流になる日まで…
スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
「アナと雪の女王」雑感
2016年01月24日 (日) | 編集 |
 ずいぶん、世間の流行から遅れていますが、今日はブルーレイで「アナと雪の女王」を観ました。
 話の筋としては、触れたものを凍り付かせてしまう特殊能力を制御できず孤立してしまう女王エルサとその妹アナが、権力の争いなどに巻き込まれる中で、自分よりも他人のことを思いやる愛の力に気づいて・・・以下ハッピーエンド、という流れでした。

 この映画を観ながら、高校時代に国語の教科書に載っていた、安部公房の「空飛ぶ男」を連想してしまったひねくれ者は私くらいかもしれません。エルサは最終的に自分の特殊能力を皆に知られながらも、幸せに暮らすことができました(と少なくとも映画のラストからは解釈できます)が、「空飛ぶ男」は最後に主人公から気味悪がられて追い払われてしまいました。また、そう言えば、藤子不二雄の「エスパー魔美」でも、「エスパーが周りにいたらどう思うか」という魔美の問いかけに対し、「心が読まれているような気がして気持ちが悪い」と魔美の母が答えるシーンがありました。筒井康隆の短編集にも他人の心の中が読める「エリート」に対する「一般人」の激しい憎悪を題材にした話があったと思います。

 「超能力」に、幼いころは大概、皆が憧れますが、年を重ねるほど人並みの幸せを求めるようになります。上に例示した話でも、今の自分は「超能力者以外」の立場に共感します。
 「アナ雪」の場合、超能力を題材として用いながらも、人を思いやる愛の力の大切さという普遍的なテーマを題材にしていることから、登場人物に自己を投影しても抵抗なく観ることができたのかなと思いました。

 まとまりなく書いてしまいましたが、雑感ということで。
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。